2017.09.25

上野鈴本演芸場

20170923img_0537
上野鈴本演芸場の9月下席(21日~30日)を聞こうと、いとこ5人(ジジ3、ババ2)は、開場時間の12時ごろに会場に入る。

まだ席は1/3しか埋まってなく、他の4人は、演芸場で落語を聞くのは初めてで、後ろの席でいいやという。が、前の方が聞きやすいよと。
皆座って弁当を食べ始めると、もう二つ目の落語家が登場。

横浜近郊に住む、いとこ5人は、年数回会って、一泊旅行、食事、港の散策などをしている。今回は、いとこの何人かが、昔住んでいた近所の東京大田区の日蓮宗の大本山、池上本門寺を訪ねようかと、横浜駅に集合。が、曇天だし、お寺の階段がきつい、などから、止して、上野へ行って落語でも聞こうを提案。

上野駅を降りて、上野鈴本へ向かう西郷さん下で、若者が「ためしてガッテンのNHKですが、今度、お年寄りの耳が聞こえない特集をやるので、出てもらえませんか」と声をかけてくる。「耳は良く聞こえるよ」と断るが、一目見てお年寄りと言われたのが不快。まさしく立派な老人なのだが、呼ばれたくない。うるせい!年寄りを探してるんだったら、上野じゃなくて‘おばあちゃんの原宿’と言われる巣鴨のとげぬき地蔵へ行け!と心の中で毒づいてやる。

鈴本は、今のようにビルの3階ではなく、昔は1階だけの演芸場だったが、学生時代から、よく通っていた。若い古今亭志ん朝が、NHKTVドラマに出て、志ん生の子供でもあり、人気絶頂だった頃。志ん朝の兄の金原亭馬生(女優池波志乃は娘)が、渋い芸風で、好きで贔屓にしていた。

高座では、落語、手品、漫才などが、15分刻みで、演じられる。席から振り返るといつの間に、満席。お中入り(休憩)を挟んで、トリは柳家はん治で、小三治の弟子。経験豊富な熟練の落語家。新作落語で、「~老やくざの親方が、殴り込みをかけようと、昔の仲間を誘うが、その仲間は、養老院に入いってる。それでも2人して、よろよろと戦いに出かける~」という、高齢者の気力だけはあるが、認知や行動が衰えるさまを、演じる。

このトリの前に出た春風亭一之輔が、どこか元気がなさそうに高座に上がって来て、その姿と逆の歯切れのよい口調で、『初天神(はつてんじん)』を話し出す。「天満宮で行なわれる縁日に出かけた、父親と息子の絆を描く。ませた息子に振り回されて困惑気味の父を、やや冷めた目線で描いている」さすが若手のホープといわれる一之輔が、今日の一番。

週刊朝日に「ああ、それ私よくしってます」というエッセイを連載中。その人物紹介欄には、「1878年、千葉県生まれ。落語家。2011年、日大芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。101日~10日(上席)夜の部20時ごろからやります!」と。注目の若手だろう。

演芸は昼から夕方の4時半まで、たっぷり4時間余り。5人のお年寄りは、座席に座り続け、演芸場を出ると、疲れで皆、げっそりとした表情。立川生志の独演会のように、2時間余りを、じっくり聞かせるほうが、いいかなあ。

2017.09.22

ジジイのサイクリスト

Img_0535_2

‘大義なき’といわれる国会解散が行われるらしい。自民党の谷垣氏は、今回の選挙には不出馬だという。その理由は、‘大義がない’からではなく、体調のせいらしい。

昨年の7月にサイクリング中に転倒し、頚椎捻挫し、今も入院、リハビリ中と。
谷垣氏の主義主張は知らないが、自転車愛好家として、ヘルメットを着けて都心をロードバイクで疾駆する姿が、よくTVに、映し出され、同世代の高齢のジジイのサイクリストとして好意を持っていた。
また日本サイクリング協会の会長としても、自転車の普及につとめている。

拍手したい、もう一人のジジイのサイクリストは、ただ普通の人。
横浜市港北区の自宅(8月23日出発)から故郷の北海道(9月15日到着)まで1.600㎞を24日間で完走した66歳の元会社員。
東北の被災地をめぐり地域の人と交流しながら走る。平均すると1日70㎞を走ったことになる。若い人には一気に走る距離かもしれないが、高齢者にはとても長い距離で、立派。

ところで、今回の解散は、まだ問題が解決していない森友、加計、PKO日報などを隠す大義なき解散と言われる。ならば野党は、あえて森友、加計、PKO日報問題を争点にすればよいだろう。有るものを無いことにする、問題を隠す、すぐばれる嘘を言う、問題をごり押しで葬ろうとする政府の姿勢。これが自民の大物政治家が言う、‘小さな問題’のはずがない。これが、防衛、憲法、経済の問題の後ろに見え隠れするから、やることなすことが信用できないのだ。

まあ、それはそれとして、谷垣氏のこと。高齢者が現役を退くのは、世代交代で世の習い。ジジイは浮世のつまらぬ仕事はさっさと辞めて、せいぜいリハビリをして、これからはジジイのサイクリストとして、あちこちを走り回ってほしい。こちらのジジイも、まだまだ走り回るぞ。

2017.09.19

しまなみ海道

Img_0533_2

テニス仲間のK氏が、自宅の横浜の鶴見市場から三ツ池公園まで、新しい自転車(ロードレーサー・GIANT)に、またがってやって来る。

いつもはママチャリをギコギコしながら来るので、いい自転車だね、どうしたの?と聞くと、‘るいがの’が軽そうに乗るロード・レーサ(キャノンデール・CANNONDELE)が羨ましく、入手したと。

どこかへサイクリングの予定は?と聞くと、今は特にないと。逆に‘るいがの’の予定は?と尋ねるので、「しまなみ海道」を走りたいと。
そのために、自宅から鶴見、川崎、横浜方面に出る時には、必ず愛車で、その距離はせいぜい往復10㌔ほどだが、老体に鞭打って、日々鍛えているのよと。三浦雄一郎のように、歩く時には両脚に鉄の重しを付けたり、月2回は10kgのステーキを平らげるなどには、遠く及ばない、ささやかな努力だが。

「しまなみ海道」は、広島・尾道と四国愛媛・今治との瀬戸内海のいくつもの島を結ぶ全長約70kmの6つの橋には、日本で初めての海峡を横断する自転車道(瀬戸内海横断自転車道)があると。
最近読み終わった小説「村上海賊の娘」(和田竜著)は、瀬戸内海の芸予諸島で、村上水軍の当主のやんちゃ娘が、毛利軍に加わり、大坂の本願寺を攻める信長軍(真鍋水軍)と大阪の木津川の河口で戦う物語。
この芸予諸島こそが、いましまなみ海道の橋の架かる島々のこと。村上海賊の村上一族は、能島(のうしま)、因島(いんの島)、来島(くるしま)の3家があって、瀬戸内を通過する船から交通税を徴収して生業としていたと。

美しい海を見下ろしながら、村上海賊の跡を訪ねて、潮の風に吹かれて走ってみたいなあ。
K氏は、レンタサイクルもあるから便利よねえ、などと言うが、そうじゃなくて、我が愛車で走りたい。新車(キャノンデール・CANNONDELE)に乗り換えてから3年、老いさらばえて、足腰が萎える前に行かなきゃなあ。

2017.09.16

金曜日のワイン・デー

Img_0534

金曜の夜はワイン・デーと決めていて、TVを観ながら、赤ワインのボトルをかたわらに飲みだす。

だらだらとチャンエルを替えていると、由紀さおりが、江利チエミの「テネシーワルツ」、秋元順子が、「ベサメ・ムーチョ」の懐メロを歌っている。
由紀さおりが司会をするBS放送の‘由紀さおりの素敵な音楽館’という番組。
水田滝子という若い演歌歌手が、「天使の誘惑」を歌う。昔、黛ジュンのフアンだったので懐かしく聞く。
若い歌手は、元気で声に張りがあり、由紀さおり、秋元順子の熟年の渋さも良いが、やっぱり若さが勝るなあ~と。

ボトルが半分ほどになったころ、単身赴任中の名古屋から、急遽帰省した息子が到着。
前回のブログに、‘~朝起きると身体が重い~’と書いた父親を心配しながら、2人してボトルをほぼ空にする。

息子は言う。自分はまだ20才台の気持ちでいるのも良いが、身体も気持ちも衰えてくるのは当たり前のこと。だから、今の年齢の思い起こしながら過ごせと。
おっしゃる通り、老人になると、いつも身体が重いし、気分もすっきりはしない、ボケも始まる。

過日、新横浜にある福祉団体の事務所で、講演会の時に配る資料の袋詰めをジジ2人、ババの1人でやる。
資料を詰めた段ボール箱を車に乗せようと広大な地下駐車場に降りるが運転のジジは、区画エリアA-1に車がないと、あちこちうろうろ。ようやく見つかり、段ボール箱を載せ、車のスライドドア―を開けて後部座席へババ、助手席に私が座る。運転席のジジは、スライドドア―が閉まらない、おかしいなあと、しばらくまごまご。そうだエンジンをかけてなったんだあと、やっと気づく。駐車場を出ると、直進方向に数台の車が並び、その後ろに付けるが、前方を見ながら、ああ右折ラインがあるんだあ、と言いながら急に右ハンドルを切り車線変更、後続の車が急停車。高齢者の危険な運転を間近で体験し、もうジジの車には二度と乗るまいと。

夜遅くまで、息子と2人で赤ワイン・ボトルを空けた翌朝は、やっぱり身体が重いなあ~

2017.09.13

ダンケルク

Img_0522_2

朝起きると身体が重く、すっきりと目覚めない。少し動くと休みたくなる。
きっとどっか具合がよくないだろうなと、いつも思っている。

2ケ月に一回の検診に行き、異常なしを告げられるが、胸部X線の結果だけだし、身体全体を調べたわけじゃないが、まあ、とりあえずホッとする。川崎へ出て映画でもと、ちょうど昼過ぎに上映の「ダンケルク」を観る。

たぶん、第二次大戦時に、ナチスドイツにフランスを制圧されて、ダンケルクの海岸へ追い詰められた連合国軍(英仏)の撤退の戦争映画だろうなと。

史実によると、『~第二次世界大戦のフランスの北端の海岸ダンケルクの戦いにおいて、1940526日から64日にかけて行われた、連合軍の大規模撤退作戦。9日間に、860隻の船舶が急遽手配され、33万名の兵(イギリス軍19万名、フランス軍14万名)をフランスのダンケルクから対岸のドーバー(その距離34㎞)まで運んで救出した。
主に英国の民間の船が緊急徴用され、様々な貨物船、漁船、遊覧船および王立救命艇協会の救命艇で、兵を浜から沖で待つ大型船(主に大型の駆逐艦)へ運んだ。この“小さな船たちの奇跡”はイギリス国民の心に深く刻まれ、大いに士気を高揚することとなった。
~ダンケルクの撤退から4年後の194466日に連合国によるフランスのノルマンディーへの上陸作戦が行われ、ドイツ占領下の北西ヨーロッパへの侵攻作戦が成功して、パリが解放、ナチスドイツが敗れた。この反攻は、史上最大の作戦と言われた。~』

映画は、ダンケルクにおける陸軍、海軍、空軍の3つの視点での戦いの出来事が、つぎつぎと、交互に描かれる。ドイツ兵は全く登場しない。
陸軍の若い兵士は、撤退の船に乗ろうと海岸に行くが、所属部隊が不明で乗せてもらえない。隠れて乗った船はドイツの飛行機の爆撃で沈没。
海軍は、戦闘能力のある船はことごとく空爆で沈められる。
空軍は、英国が誇るスピットファイア戦闘機で、ドイツのメッサーシュミットを打ち落として撤退の船を護衛。
小さな民間船の船長は、英国のためだとダンケルク目指して船を進める。

主人公がいるわけではない。長いセリフがあるわけではない。出来事をたんたんと並べて“小さな船たちの奇跡”を描く。最後のほうで、英国が誇るスピットファイア戦闘機が、もうすでに英国へ戻る燃料が無くなっているのにもかかわらず、撤退の船を攻撃するドイツ爆撃機を撃墜し、ノルマンディの海岸へ不時着を試みる。燃料切れで、プロペラが止まってしまったスピットファイア戦闘機が砂浜をすべるように飛ぶ様が、綺麗だった。

映写時間の106分間は、朝の身体の重さなど、すっかり忘れて見入ってしまう。
週刊朝日の映画批評欄では、4人の評論家の中ではILICO(映画コメンテーター)が面白い。『今までのノーラン作品とはあまりにも違った!映像の迫力は相変わらず息を止めるほど凄いけど。真の人間ドラマでもあります。なんたってM ・ライランスが演じる役の優しさに心打たれた。みんながあんな性格だったらいいなあ。』4点満点で、3点の評価だった。
監督ノーラン、俳優M ・ライランスは知らないけれど、3点評価は同感。

2017.09.10

おにぎりのランチ

Img_0504

いつも昼食は、ごく軽いラーメン、うどん、パンなどですますことが多い。
最近、こっているのは、‘おにぎり’で、コンビニのも美味いが、なんといっても自家製、鮭の切り身を焼き、味付き昆布を具にして、海苔でまく‘おにぎり’が極上。

昨年から、ずーっと準備してきた福祉団体主催の精神福祉を一般の人に啓蒙する講演会を終えた。多くの人が来場してくれ、当日の運営の役割を終えて、船で長い航海を終えて帰港した航海長のように、ほっとする。

会場の鶴見公会堂のロビーには、障害者の作業所が作るパン、菓子がずらりと並ぶ。開演前に昼食でパンを2つ買ってロビーでかじる。

96日より日経新聞で連載が始まった林真理子の「愉楽にて」では、シンガポールに数多くいる駐在員の妻たちの情事を描くと言う。かって同じ日経で渡辺淳一
が「失楽園」を書いて拍手喝采を得たように、恋愛を書きたいと。

かって勤め人のときに、皆が「失楽園」を読んで、職場の朝の軽い話題になったように、この小説がなるのだろうか。「愉楽にて」の第一回では、『~シンガポールの駐在員の妻は、駐妻(ちゅうつま)とかすかな揶揄を持って呼ばれていた。ここでは日本では考えられないほどの飲豊かさと自由が、彼女たちに与えられているのだ。たっぷりの海外手当てがあるうえに、高級マンションの家賃は会社持ちである。信じられないほどの安さで、フィリピンメイドが雇えた。子供たちを学校に送り出した後、彼女たちはラッフルズホテルやウエイスティンホテルでランチをとるのが日常だ。~』と。

高級ホテルのランチじゃなくても、素朴な、昔ながらのおにぎりを頬張りながら、毎日、「愉楽にて」を読むことにしようか。そして、次の新しい航海に出て行こうか。

2017.09.06

千葉のなし

Img_0516_2

息子の嫁さんの実家から「千葉のなし」が送られてくる。歯で噛むと、サクッとしてみずみずしく、上品なほのかな甘みが口に広がる。

果物は何でも好きだが、あえて、好きな果物は、と問われれば、春先は「みかん」で、秋は「なし」と答える。

近くの三ツ池公園へ、週一回のテニスへ出かけようとすると、家人が皆に「なし」をプレゼントしたらと。持っていくのに重いからと嫌がるそぶりを見せると、「いつも皆に遊んでもらってるんだし、一杯いただいたので、食べきれないしねえ~」と、柔らかい紙に一つずつ包みだす。

テニスを始める前に、仲間6人に、息子の嫁さんの実家からだと言って、一つずつ渡す。仲間の一人は「千葉の梨は、日本一の生産高で、美味しいと評判。今年の梨は、雨で日照時間が少なく、生育が不良だったんだけど、これは大きくて、色つやもよく、いい梨を貰ったななあ」と喜ぶ。「ところで、実家は梨園?」と尋ねるから、実家は普通の勤め人だが、ぐだぐだ答えるのが面倒になって、「そう梨園だあ~」と。

息子は横浜生まれだが、軟派な湘南ボーイとなることはなく、ひなびた田舎の千葉が好きで、しばしば九十九里の海遊びやテニス合宿をしていた。千葉好きがこうじて、千葉の娘を嫁にしたのだろうか、そのわけを知らず。

お盆に帰省した息子が、洗面台の鏡を見ながら、「お父さんと同じように、耳から毛が生えて来たよ~」と叫ぶ。その昔、湘南には背を向けて、千葉(安房)の勝山へ海水浴、自転車で内陸を通って九十九里の先の銚子まで行って、帰りは海沿いで房総半島を一周したほどの千葉好きの父に似たのだろうか、まさか。
てなことを思いながら、梨園の実家から贈られた、梨を毎日をかじっている。

 

 

 

2017.09.03

生麦事件の碑

Img_0496

イギリスのメイ首相が30日から3日間の日程で日本を公式訪問した。
北朝鮮問題やEU(=ヨーロッパ連合)からの離脱後の貿易関係を巡って日本との連携を強化することが狙いと。

京都や東京で安部首相と並ぶメイ首相が背筋を、しっかり伸ばし、コバルトブルーのスーツに包まれた姿が、シックで上品。スピーチの時、話の内容は分からないが、メリハリの利いた、知的で迫力ある話し方は、色あせたとはいえ、かっての大英帝国の誇りがにじみ出ている。
傍らの日本の首相が、やぼったい服装で、生気のない、薄汚いオヤジに見える。

日本と英国との交流は、江戸時代から始まる。いまから155年前(文久21862年)に、「生麦事件」が起きる。薩摩 (さつま) 藩の島津久光一行が江戸からの帰途、横浜生麦村にさしかかった際、騎馬のまま行列を横切った英国人4人を殺傷した事件。

英国人リチャードソンが切られて亡くなったと言われる場所、京浜第一国道沿いのキリンビール工場前に事件碑が建てられていた。ところが7年前に首都高速横浜北線の工事で、少し離れた場所に移設されてしまった。貴重な歴史遺産に、なんという乱暴なことをするのかと憤慨していた。ところが、過日、キリンビール工場近くを通りかかると、ほぼ元の位置で、工場の敷地に食い込む形で、新しく建てられていた。

首都高速横浜北線が、巨大ビルのように、事件碑を覆いつくしているのは、極めて醜悪で多いに不満だが、元に戻るのはめでたい。
事件碑には『文久2年8月21日、幕政改革の目的を達して、江戸を発した薩摩藩島津久光の一行は、東海道沿いの生麦村で騎乗のイギリス人4名と遭遇、行列の通行を妨害したとして護衛の薩摩藩士がイギリス人1名を殺害、2人に深手を負わせました。(生麦事件)この事件は、翌年に薩英戦争を引き起こしました。~』と。
155年目を迎えた8月21日に新しい事件碑の前で追悼祭があったと。

2017.08.31

自分の人生を乗っける

Img_0512

スポーツを観ることは、戦うチームや個人に期待をかけて、そして勝敗は別にして、お互いよく戦ったことが感じられ、元気が貰えること。

女性国家議員が、サッカーのドルトムントと浦和の国際親善試合で浦和が負けたことに、「~ひどい負け方、遊びなのか~」とツイッターでつぶやく。と、それに対してサッカーフアンから怒りの声。
女性議員は、「~サッカーの応援しているだけのくせに、なんかやった気になってるのムカつく。他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ」との発言をエスカレートさせたと。
品位、理知のかけらもない発言だが、「他人に自分の人生を乗せる」とは、たかがスポーツ、熱中のし過ぎは止めなよと言うのなら正論。

ファイティング原田、海老原の時代からボクシング大好きで、それを観るために契約したWOWOW放送で、WBO世界スーパーウェルター級王座決定戦を観る。
元4階級制覇王者ミゲール・コット(プエルトリコ/ 36 / 40勝(33KO)5敗)VS.亀海喜寛(帝拳/ 34 / 27勝(24KO)3敗2分)選手としては晩年のミゲール・コットが判定で勝つが、若い頃の勢いは、もはやない。

打たれて下がる場面が多かったが、クラウチング(しゃがんだ)スタイルから時々繰り出すパンチには、身体に長年の染みついた威力が残っていて、最後の輝きを見ることが出来た。試合後は、疲れ切った老人の表情。
スポーツ選手は、活躍の期間が短い。若い時の勢いと晩年の輝きの人生を、このボクサーから見させてもらった。

ロンドン五輪金メダリストで、世界ボクシング協会(WBA)ミドル級1位の村田諒太(31才)が、級王者のアッサン・エンダム(フランス)の挑戦し、ダウンを奪うなど、圧倒的に攻めていたのだが判定負け。村田が勝っていたんではないかという、疑惑の判定。
問われた村田は、「~勝った負けてたはジャッジの仕事なんで、受け入れるしかありません。それがアスリートの役目かと思っています。~会社の仕事で、自分はよくやったと思っていても、上の評価は違うことがある。判定にクレームをつけるなんて、おこがましい~」と。
まだのぼり調子にある村田の今後のボクシング人生が見たくなる。

 

 

2017.08.28

好きです~鶴見

Img_0507

本屋さんが、どんどん街から消えていくという。全国の書店数は、現在1万2526店で、2000年の2万1654店から4割強も減ったと。
人口減、活字離れ、そしてネット書店と大型書店に押されてと(朝日新聞)

昔のレコード店(今はCD店)も、本屋さんと同様に、とんと見かけなくなった。近所のCD店(ミュージックショップ)は、昔からあって、木造2階建ての、1階が店舗、2階が貸しスタジオで、ときどき歌声が漏れてくる。絶滅危惧種のように生き延びている。

一緒に暮らす息子は、ネットの音楽が嫌いで、ピッホップが好きな頑固なCD派。
散歩の途中に、時々、店に顔を出し、老店主と親しく口をきく。先月訪れたら、のりのいい音頭が流れていたので、『いい曲ですね~』と言うと、老店主は、『‘鶴見ふるさと音頭’で、わたしが作詞したもの、8月に発売になる』と。

地域の無料情報誌タウンニュースに‘鶴見ふるさと音頭’の紹介記事が載る。
「~横浜市鶴見区制90周年を記念して作られた楽曲‘鶴見ふるさと音頭’が、8月23日、全国発売された。楽曲の作詞は、レコード店営み、寺尾第二地区連合会の宮野昌夫会長、歌は鶴見区内在住の歌手・美咲朱里さんが担当。すでに一部町会の盆踊りなどで踊られており、地名が入っていて親しみがあるなどと、区民からの評判は上々。発案したのは、作詞を担当した宮野会長。北海道出身の宮野会長が、住み始めて50年以上経ち、「もう故郷」だという鶴見への恩返しにと企画したもの~」

投稿サイト「Youtube」に振付動画がアップされている。歌のサビは、繰り返される「~好きです、好きです、好きです、好きです、鶴見~」で、耳に残る。老店主の、はるか昔の青春の情熱が伝わってくる。
好きな人に「好きです」なんて言ったことのない青春時代しか経験していない身にとって、好きですを4回も言うなんて、羨ましい。時代の波に逆らってレコード店がずーっと続くことを願う。息子は、このCDを買ってくるんだろうか。まさか。

 

«よこはまゴールド軍団

September 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ