2018.01.17

寒行托鉢

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潮田公園でテニスをした帰り道は、いつも鶴見総持寺の参道を上がって、境内を通り抜ける。

参道を、愛車を押して上っていると、後ろから、なにやら低い唸り声の合唱、お経を唱えて、仏壇で打つリンという音。
墨染めの衣をまとつて、編み笠に白足袋、わらじばき、のお坊さんの列が、しずしずとやってくる。鶴見の街を托鉢して回る修行僧なんだなあ、寒いのに大変だなあ~と。

鶴見の總持寺は越前の永平寺と並び、道元が始めた座禅の曹洞宗の本山で、全国から僧侶になるための若者が修行に励んでいる広大なお寺。JR鶴見駅近くにあり、自分の宗派を超えて鶴見区の住民には安心できるところ。

高校生の頃、夏の宿題で、道元の法話を聞き書きした「『正法眼蔵随聞記』を読め、が出され、文庫の口語訳を手にしたが、さっぱり分からなかった。
大学の頃は、自分の進むべき道を見つけようと純な気持ちで座禅部(五葉会)に入り、数回、教えられた通りに座ったが、つまらなく、しばらく休んでいたら、除籍になっていた。

東京の蒲田から鶴見に移り住み、結婚することになって、近所だからと総持寺の式場を選んだ。2人とも30歳を過ぎていたので、式なぞ無くていいやと思っていたが、親戚筋のことを思うと、しぶしぶ、やらなきゃあ~なあ~と、本堂の地下の講堂で、仏式。
講堂は広く、床は厚手のジュ―タンで、施設は立派だが式に慣れていないお寺は、ウエディングケーキの手配を忘れる、お酒は燗がつかない、のていたらく。その後、式場は潰れる。

正月2日には、箱根駅伝を応援し終わってから、必ず初詣に訪れ、参道の屋台で缶ビールを飲む。
家人は、JR鶴見駅ビルの喫茶店で催される、座禅の初歩講座‘ミニ座禅’を受講している。

山門に入っていく托鉢僧を見送り、帰宅してからネットで調べる。この托鉢は、「寒行托鉢」と言って、1月から節分前までの約1月間、近所を廻って修業をすることだと。
「托鉢」とは、『煩悩の塵垢(じんく)を振るい落とし、衣食住についての貪(むさぼ)り、欲望を払い捨て、清浄に仏道修行に励む為の一つ』と。

長年、だらだらと人生を過ごしてきて、ホコリ一杯の身体に、まだ、いい洋服を身に着けて、美味しい食べ物、お酒を貪る欲望ばかりのジジイにとっては、頭の下がる寒行托鉢だった。

 

 

 

2018.01.14

色恋沙汰

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他人の不倫、色恋沙汰は、つい覗いてみたくなる。

不倫の話題がTVでは四六時中流される。他人の色恋沙汰なんぞ、どうでもいいんじゃないかと思いつつ、少し前はベッキーが妻子ある男と、桂文枝が若い娘と、藤吉久美子がTVプロデューサ―と、不倫したなどという話題を、みてしまう。が連日となるとうんざり、もういいやとなる。

95才の瀬戸内寂聴は、不倫は良くないが、小説家は、色恋沙汰、不倫を書かなきゃ商売にならないと。

「最初のアメリカ人は縄文人だった」というタイトルのイオンカルチャークラブ大和店での体験講座(講師は金子好伸さん)を受講して、北アメリカに‘イロコイ’の国があることを知る。

ニューヨーク州北部のオンタリオ湖南岸からカナダにまたがった地域に、インディアンの6部族で構成する人口12万人の国家集団があり、その名も「イロコイ連邦」と。
さぞ色恋沙汰、男女間の恋愛や情事や色事の一杯あるインディアンの国なんかなあ~と思ったが、そうではない。
1万5千年間続いた縄文時代に、北の樺太からベーリング海峡を渡った縄文人がインディアン(イロコイ族)となり、アメリカ建国のお手本になったイロコイ族が今も住んでいて、国連にも承認されている純然たる独立自治領と。

ボランティアでやっている福祉団体の仲間の一人の金子好伸さんは、市井の縄文研究者。今年、2月から始まる毎月1回の講座のカルチャークラブで、「縄文人に学ぶ持続可能な社会」とのテーマで、講師をつとめるから、聞かないかと、お誘いを受けた。

体験講座では、金子さんはアメリカインディアンの酋長の羽根帽子?をつけて現れる。

『~縄文の時代に、男たちは狩猟や漁労の泊まりがけから帰ると、集落の中央広場は労をねぎらい女性や子供、老人たちに囲まれ、土笛や土器太鼓を奏で、作業に参加しなかった障害者共々喜びの歌や踊りで祝祭を執り行った。足手まといや排除ではなく、痴呆老人や障害をもつ者は健常者にはない特別な能力をもつシャーマンと崇められ尊ばれ、意見に耳を傾けた。どんな人々も使命を持って生まれてきたと考えた。~』の話しを聞き、体験講座の終了後、直ちに受講申込書を出す。

‘イロコイ’の意味は、色恋とは全く無縁のインディアン語の「黒い蛇」だという。

 

 

2018.01.11

正月のスポーツ

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正月はTVでスポーツ観戦をたっぷり楽しんだ。新年はニューイヤー駅伝、箱根駅伝、大学ラグビー日本一、など目白押し。

スポーツは、勝敗が大切で、見どころではあるが、競うあう相手との間に生まれる人間臭いドラマにも、ぐっと胸に来るものがある。箱根駅伝とテニスの2つに、感動の場面を見た。

箱根駅伝は青山学院大が圧勝したが、名門の駒大が12位とシード(10位以内で、無条件で来年の出場権が与えられる)落ちした。復路の7区の工藤駅伝主将が大ブレーキ。
TVでは、走り出して3㌔あたりから、顔は苦しそう、脚がふらついて、まっすぐに進めず、左右に進む。自分の足を、‘おいしっかりせよ!まだ先は長い、あと20㌔先がゴールなんだから’と鼓舞するように手で叩く。もうリタイアしたほうがいいんじゃないかと思わせる。

しかしチームのタスキをつながなくちゃあ~、主将なんだから~、4年生最後の駅伝だからあ~、という使命感が、ふらついた身体を動かしていた。工藤は3年の夏から脚に踏ん張りがきかない癖が続き、エース区間の2区を外された。それでも「恩返しをしたい」という気持ちに、大八木監督は「親心が出た。スパッと外せなかった」の起用と。
監督の情けは、きっと選手の心を温かくする。そして工藤の頑張りも立派。

もう一つは、1月半ばから始まる全豪テニスの前の戦いの一つ。真夏のオーストラリアでのホップマンカップは、男女混合の国別対抗戦は、その仕組みがよく分からないのだが、TVで、スイス(フェデラー)対ドイツ(ズべレフ)が戦っていた、新旧対決、こりやあ~観なくちゃ。
世界ランキング2位のロジャー・フェデラー36才は、数々の栄光に輝き、一時の衰えから復活してきたレジェンンド。対するズべレフ世界4位20才は、次世代のエースと期待される若者。ミケランジェロの彫刻の青年のような端正な姿態。

ズべレフは、フェデラーを苦しめ第一セットをとるが、第二セットになって、フェデラーがベテランの技を繰り出してリード。ズべレスは、次第にイラつく。ボールがコートに入ったかどうか微妙な判定には、口調も激しくレフリーに抗議。フェデラーは、その間、コート後ろの壁に腰かけ、‘おう~あんちゃん、元気だなあ~’とでも言うように、笑いながら優しい眼差しを向ける。またまた微妙な判定の時に、フェデラーがズべレフに有利なように、入っていたよとジェスチャーすると、ズべレフの表情には、喜びと尊敬の念が、さあーと出る。ズべレフは負けるが、 ベテランは、若者に期待を、若者はベテランをリスペクトとする心温まる良い試合だった。

2018.01.07

人の列に並ぶ

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今日、正月の七草になると、横浜鶴見の総持寺へ参拝する人並みは、さすがに少ない。

仲間とのテニス帰りに、今年の自転車事故が無いよう、総持寺に寄り交通安全のお札を買う。正月2日の初詣には、息子夫婦+孫と共に訪れたが、初詣客が本堂のお参りに列を成していたのが嘘のよう。正月だから、やむなく、列の後ろについて、順番を待つたのだが。

息子と孫は、正月3日もジジ、ババの家へ遊びに来てくれた。お嫁さんは、お仕事。
孫が大好きな横浜駅近くの「原鉄道模型博物館」へ行こう、とジジを連れ出してくれる。
先ず腹ごしらえと、横浜地下のレストラン街に降りると、ラーメン屋、とんかつ屋などには、ずらっと人が並ぶ。

人が並ぶ飲食店で、ずーっと待つなら、空いている店に入る方が良い主義のジジイのことを、良く知っている息子は、今なら待たなくても入れる、少しばか値の張るランチバイキングを見つける。シュウマイで有名な崎陽軒の経営らしく、ウリは、シュウマイ、春巻きなど中華ものなのだろう、肉料理も一杯あって、取り皿を持っては、何度もお代わり。

食事をしながら、息子とおしゃべり。息子も、人の列に並ばない主義を、ジジイたる親から受け継いでいるが、お嫁さんはその主義は間違いだと言うと。
お目当ての料理を思い浮かべて、列に並びながら、お友達とおしゃべりするのが、大変楽しいのだ、特に女性は。せかせかと、他の店に行ったり、かっちりと席の予約をしたりするのは、サラリーマンの仕事のようで、効率一辺倒のつまらぬ世界だと。

列に並ぶ人を見て、たかが食べ物に、そんなして並ばなくてもよさそうに、と少し、さげすむ気持ちもあったのだが、がーんと一発喰らった気が。
そうなんだー、美味しい料理をお目当てに、店に並ぶ人の気持ちが分った気がした。

家人とお店に行ったときに、家人が夫の並ばない主義に長年従ってきたのは、そうとう我慢してきたか、あるいは諦めてきたのだろうか、と、いまさら恐ろしくて、どうなのよとは、たずねられないなあ~ 
でもなあ~、やはり人の列についてまでして、食べたくはないなあ。

 

 

 

2018.01.03

孫と駅伝

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今年の箱根駅伝、箱根行きの正月2日の往路。JR新子安駅近くの京浜第一国道で、選手の来るのを息子夫婦+孫とで待つ。

期待のわが母校、中大は、花の2区と言われ、エース投入区間の第2区で、堀尾(3年生)を走らす。まずトップで東洋大が来る。しばらく間が空いて5人の集団、またしばらく空いて、3人がくる。すると、ようやっと胸に真紅のCのマークの中大が9番目に来る。

声を限りに、‘チュウオウー’と叫べども、じじいの声は、いかんせん声量がなく、くぐもったまま。まあ9位なら、いいじゃないか、期待できるかもと思いながら、見送り、総持寺への初詣。

3日の箱根から東京への復路は、しかし最終15位。目標の10位以内のシード権はとれず、がっかり。まあ、実力どおりだろう。

息子は正月には、親にならって、かならず箱根駅伝の応援を、同じ場所でする。4才の孫は、何やらわからないまま、読売新聞のおじさんから貰ったビニールの旗を振っている。         

箱根駅伝は、青春のある時期に、恋も、お酒や美味しい食べ物も、修行僧のように、きっちり絶って、ひたすら走る若者のひたむきさが、美しい。

孫が、親のあとを継いで、同じ場所に立って、3代にわたって箱根駅伝の美しさをわかるまで、あと何年かかるだろうか。そのころ、ようやっと中大は、復活するのだろうか。

2017.12.31

ポインセチア

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クリスマスを楽しもうと、鉢植えのポインセチアを買って来て、ベランダにおいて眺めていた。ガラス戸越しの鮮やかな真紅の葉は、なにやら元気をくれた。

しかし、クリスマスの25日を過ぎると、急に3本ある茎の内の2本が折れ曲がり、‘クリスマスで花の盛りは、お終いですよ’とでも言うかのように、しおれ始める。

育て方を調べてみると、寒い所に出しっぱなしはダメと。ごめんよと謝りつつ、なんとか延命させようと、割りばしの添え木をして温かい自室に置く。回復して、また再び元気を与える真紅の葉になってほしい。

ポインセチアと似た言葉で「ポインシアーナ」を思い出す。真赤な花は似ているが、「ポインシアーナ(ホウオウボク)」は南国の樹で、初夏には真赤な花をつけ、色鮮やかな木影を作ると。
ポインセチアの歌があるかは知らないが、ジャズ・ピアニストのア-マッド・ジャマルが奏でる人気曲「ポインシア-ナ」(Poinciana -Song of the Trees-作曲者はナット・サイモン)は、聴くたびに軽快でゆったりとした気分にさせてくれる。
ナット ・ キング ・ コールが、‘~その枝は愛を語りかける~’とラブソングとしても歌っている。

てなことを書きながら、つい一週間前のクリスマスは、とうの昔になっていて、今日は大晦日。窓ふき、部屋の掃除で、あわただしく1年は、過ぎていく。夜には、年越しそばをいただき、

新年も、ポインセチアの割りばしの添え木のように、ボランティアの福祉団体の支援をしたり、ロードバイク、ジャズ、落語などを、ちょっぴり楽しんだりしながら、過ごそう。

2017.12.26

箱根駅伝の中大

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どこで貰ったか分からないが、鼻紙ポケットティシュを取りだす。

ティシュの表は、「第94回東京箱根間往復大学駅伝」、裏はスタートの大手町・読売新聞社前から箱根町芦ノ湖までのコースが印刷されている。
師走の冷たい風を切って、JR鶴見駅まで用足しに、愛車ロードバイクに乗り、漕ぎ出すと鼻水がとめどもなく出て、ティシュでぬぐう。たぶん、読売新聞の宣伝で販売店が郵便ポストに入れたのだろう。

正月2日の箱根行き往路は、毎年、近くの京浜第一国道へ出て、鶴見の二区、新子安あたりで、母校中央大学を応援する。箱根駅伝を見ないと正月が来ない。

今年の予選会で勝ち上がった中央が、今年2017年出られなかった屈辱を晴らすため出場する。1年の時に主将に抜擢された舟津君(現2年生)は、『今年2017年の正月は出られなかったが、この一年、僕らは努力してきた。過去の勝利をつないできた先輩達には、叱られるいわれはない。箱根駅伝まで、一週間、普段通りの練習と生活をして、レースに臨みたい』と。

今は弱い中央は、出場回数90回、優勝14回の記録を持つ昔の強豪校。過去の栄光をよみがえらそうと、さぞうるさい、じじい、先輩方がいるのだろうが、舟津君、‘僕らは努力している’ときっぱり言う。そして、過酷な練習の積み重ねがあるから、特別なことはしない、‘普段通りの生活’を送って闘いに臨むと。朝決まった時間に起きて、朝食をとり、練習して、学校の勉強をして、それから練習して、夕食をとり、決まった時間に寝る。このルーティンの大切さをよく知っている。

藤原監督は、『目標はシード権獲得の8位以内、5年先、10年先の優勝を目指す』と。若々しくて冷静な良い監督なのだが、少し謙虚過ぎるか。勝負事、優勝を狙うぐらいの大ぼらを吹いて、選手を鼓舞するぐらいの演技があればなあ。

先の総選挙で、小池希望の党の検察出身の代議士が、「選挙に勝って与党になるのは、今回の選挙ではなく、もう2回~3回の選挙後でいい」などと言って敗れたが、有権者は、そうなの、今回は負けでいいのと、がっかりしたはず。目の前の戦いに臨む姿勢としては、今回、勝つんだあと言わなくちゃあ。しかし、箱根往復の出場選手10人の実力からしたら、藤原監督の言う通りだろう。少しでも上位にいってほしい。

 

2017.12.23

たかがパソコン

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自己流でパソコンのブログ、ワード、エクセル、パワーポイントなどを操れるという自信がぐらついている。

ホームページ(HP)を作ろうと引き受けてから、もう数か月経つが、依然、完成しない。
いまボランティアで携わっている福祉団体の会合で、もっとPRして会員の勧誘をしようと、HPを立ち上げることになった。

が予算がなく、老年ばかりの会合メンバーは、どうしようと思案投げ首。メンバーの中では、いくらかPCの知識があり、ブログもやっているので、無料ソフトで何とかなるだろうと、えーい、やってみましょうと軽いノリで引き受ける。
無料ソフトで、画面の手順に従って、アカウントを作成、登録しログインできるようになる。画面のひな型(テンプレート)を選択し、HPの背景を選び、「名称」、「キャッチフレーズ」などを写真やイラストを交えて配置。ここまでは、すこぶる順調。が、ここからが壁に直面、頓挫。

HOME」や「ご案内」などの画面に作ったボタンを押すと、そのサイトを表示する設定ができない。ネット上のナビゲートに従い操作するが、何度やっても先へ進まない。
このソフトのテキスト本「ブログ感覚でつくるホームページ」を買い、読むが、やはり先へ進まない。

もう面倒で、しばらく放置しておいたが、ボランティア活動で、〆切があるわけではないが、このままだと仲間の信頼を失うし、さすがに年末を迎え、完成させなきゃあ、と再びいじりだのだが。

以前、プロバイダのーNIFTYへ加入する時、貰ったアカウントが「abcl1234」だったが、何度やってもアクセスできなかったことを思い出す。数か月後に、abcの次にくるl(英文字のエル)を1(数字の一)と誤認していたことが判明。ささいなことで、進むことがある。たかがパソコンめえ。会合メンバーには、もう少し待ってくれと、まだギブアップ宣言は出していない。

 

 

 

 

 

 

 

2017.12.20

ペンで立ち向かった男

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青春時代には、読まなきゃいけない、と思った外国文学が一杯あった。

本屋の書架を覗くと、安く手に入る文庫本で、ドストエフスキー「罪と罰」、ゲーテ「若きヴェルテルの悩み」、アンデルセン「即興詩人」、スタンダール「赤と黒」などの文豪の作品が、ずらっと並んでいた。今後の人生のために、いくらか、なるかなあ~で、いくつかは読んだが、さっぱり内容は忘れてしまっている。

本屋の書架に「魔の山」、「トーニオ・クレイガ-」、「ベニスに死す」が並んでいて、ドイツの文豪・トーマス・マンの著作であることは知っていたが、読んだことはなかった。

ぶらりと訪れた鶴見駅ビルの本屋で、新刊の池内 紀著「闘う文豪とナチス・ドイツ」(トーマス・マンの亡命日記)を手にパラパラとめくる。本の最初と最後あたりを拾い読みし、こりゃあ面白そうと買う。

本の‘はじめに’には、ノーベル賞作家のトーマス・マンの日記だが、普通の文豪が日常的したためる死後の栄光に花をそえるように出される日記と違うと。
‘最終章’には、
「老いた人はみにくい」、人は老いるとどうなるか。ふつう、それはかまわない。生きるものの宿命は、ほどよく折り合いをつけていくことだろう。が、トーマス・マンは折り合いを拒んだと。

「トーマス・マンの日記」の一部を引用しながら、著者の池内 紀は、ナチス時代に生きたトーマス・マンを紹介する。トーマス・マンは、ナチスの「強制収容所」と「ゲシュタボ秘密警察」とを手段としたファッシズム統治を強く批判し、ナチスに国外亡命をさせられる。
アメリカを中心に20年間の亡命生活で、ヒットラー打倒を訴え続けて、激動の時代を、80才で亡くなるまで闘った。
ナチ滅亡後には、ナチを熱烈に支持したドイツ国民を、反省が足りないと、痛烈に非難した。

次第に老いていった晩年では、言葉が思うように出てこず、小説が書けないことにいら立ち、尿瓶に放尿してベッドを汚すことに不快きわまると自分を厳しく攻める。
最後まで精神の有効性をゆずらず、末期の目にうつる惨憺たる自分の記述に、いささかも、たじろかなかったと。

こちらも老年になりながら、古本屋(BOOK OFF)の書架にあった「ヴェニスに死す」(トーマス・マン作・岩波文庫、1939年第1刷発行)を、そっと手に、読んでみようかと。

 

 

 

 

2017.12.17

年賀ハガキを作る

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師走になると、身内の亡くなったお知らせ、「喪中でご挨拶失礼」のハガキが、多く届く。そうすると年賀状を作る時期になったなあと。

もう10月には、郵便局でパートをしているテニス仲間のご婦人から、局から割り当てられているので、年賀状を買ってくれと頼まれる。パートにも定年があって、来年は辞めるので、もう頼まないからと。

ハガキの裏面の絵柄には、ネットで探した来年のエトの犬が自転車に乗ったもの。
文章の文字書体(ホント)は、いろいろ印刷を試してみて、HG丸ゴチックとメイリオを使う。

こんな文章を書く。『愛車ロードバイクを走らせれば、電動ママチャリに追い抜かれるが、ゆっくり走れば、まだ、何処までも行ける。仲間とのテニスで、強烈なサーブは打てないが、コースを狙えば、まだエースが取れる。新しい年も、まだ、があるようです。』

万年筆の手書きで、一言を付け加えたいので、余白を設ける。リビングの電話が鳴る。鹿児島のニンニク入り卵黄?のサンプルを送ると、なにやら地方なまりの口調。いらないと言いうが、しつこく、不要だが送るなら送れ、でもすぐ捨てると。

筆まめの住所録には、訃報ハガキの分を、送らないように設定。ついでに、もう送らないでもいいだろう人を外す。年賀ハガキも、だんだん少なくするか、あるいは来年はハガキおばさんの強要もないので、いっそ全廃してしまおうか。

 

携帯電話に、会社の元部下へ贈ったお歳暮のウイスキーが届いたとお礼が入る。元部下がこの夏に大阪から上京して野毛で一杯やった際に、会計を全て持ってもらったお礼。

TV、ネット、電話を契約しているケーブルテレビ局が、設置機器の点検に上がり込む。映画が観れたり、録画が出来たりの上位契約をすすめるが、映画は観ないし、いらないと言うと、こちらはあっさり、そうですよねと引き上げる。あとは印刷して出すだけ。さっさと師走の面倒な仕事の一つをかたずけよう。

 

 

 

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