2017.07.22

ある一日の食べ物

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メンバ―7人(高齢の男4と女3)の会議せが、朝から始まって正午に終わると、テーブルの上に残った茶菓子を持って帰れとしきりに言われる。

K女から、京都に長男が住んでいるので、先日行ってきたと言って、「やきもち」という小さな草餅風のお菓子を5つほど差し出される。
JR桜木町近くのマンション1LDKの一室で、福祉団体の10人ほどの家族同士の勉強会についての意見交換。突然の指名で、司会をすることになって、少し戸惑ったが、そこは老齢の経験で司会は慣れたもの。
勉強会に参加するためには、事前に研修を受ける必要があるが、止むを得ない事情で受けられない人の救済をどうするかの議論。

マンションを出て男3人が昼食をとろうと野毛の街に歩を踏み入れるが、夜の輝きは嘘のようで、人影はまばら、食事の店は見当たらない。突き当りの横浜にぎわい座ビルの居酒屋‘くすくす’に入る。昼定食は、新鮮な刺身がほどほどの量で、ご飯の上に上品に盛りつけられた「海鮮丼」で、ペロりといただく。店の棚には人気の日本酒ビンがずらり。今度は会議を午後に設定して、ここへ飲みに来たいねと。

店を出て道路の向い側に肉屋の尾島商店があったので、ここは肉が旨いですよと紹介するとI氏は、最近奥さんを無くして独り身、夕食用にと、とんかつ1枚を買う。
自分は「メンチカツ」3枚を買う。

皆と別れ、JR横浜駅で降りて、炎暑の中で少し歩いて、久し振りにCD,レコード中古店「レコファン」へ行く。ハンク・モブレー(テナーサックス)の『ソウル・ステーション』とヨーロッピアン・ジャズ・トリオ(EJT)の『Adagio』の2枚のCDを買う。
横浜ダイヤモンド地下街の紀の国屋で、家へのお土産に、お気に入りの‘ギュウヒ入り最中’の予定が、「栗最中」を買ってしまう。が、これまた栗の優しい甘さ口の中で広がる逸品、あくまで自分としてはで、よくある‘個人としての感想です’というたぐい。

正午に終わった会議は、司会者が結論をまとめるだけ。他のメンバーは会議の進行は手慣れたもの。それぞれ意見は自由に出すは、発言してない人へは発言を促すは、そろそろ時間だからと収束を迫るはで、司会者としては、苦労することなく最後のまとめをするだけ。勉強会に参加するために、事前に研修を受けられない人には、再度、ミニ研修会を受けてもらうことで、救済するとの常識的な結論になった。

 

 

2017.07.19

お盆のお酒

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お盆の墓参りで、すっかり泥酔してしまった。

夕闇が迫る頃、自宅の最寄り駅でバスを降りて歩きだすと、急に地面が波打つように見え、よろめき始める。
JR新子安駅近くの父母が眠る菩提寺で、お盆の墓参りを済ませて、一杯やろうと弟と一緒にJR鶴見駅へ。イタリア風ファミレスで安ワインを飲みだし、午後の3時頃から5時ごろまで延々と、他席の客が3回転ほどするのを酔眼で追いながら、ひたすら飲み続ける。

人工の小川が流れる‘せせらぎの小道’の狭い歩道を、川に落ちないよう気をつけはするが、いまにも、はまりそうにふらついて、どうも危ない。近くの小さなコインパーキングの地面にしゃがみ、酔いの去るのを待つ。しばらくして立ち上がろうとするが、地面がゆがんでいて、そのまま何回か転倒。

イタリア風ファミレスでさんざ飲んだ後、最後に弟がそばでも食べようと、冷酒を注文。グラスからあふれた冷酒が一合升にたっぷりと入っていて、すいすいと飲めるだけに、これが効いて、脚をとられたんだなあと。
よろよろしていると、家人が来て抱きかかえてくれる。弟が別れ際のふらつきを見て、家人へ電話してくれたと。

翌日は、顎、右肩、右ひじ、に傷があり痛む。また泥酔の醜態をさらしてしまったと反省。
会社員時代には、歌うのが嫌で、カラオケバーには行かないようにしていたが、どうしても義理で行かなければならない時の持ち歌の一曲が、河島英五の歌う「酒と泪と男と女」で、『忘れてしまいたいことや~どうしようもない寂しさに~包まれたときに男は~酒を飲むのでしょう~飲んで飲んで飲まれて飲んで~飲んで飲みつぶれて寝るまで飲んで~やがて男は静かに眠るのでしょう~』

はるか昔に亡くなった父母を偲ぶ墓参りでは、そんな寂しさは、もはや湧かず、現実の政治への不満や息子、孫のことを話すだけで、河島英五の歌のような男女のロマンは一かけらもないただの酔っ払い。
傷口にメンソレータムを塗りながら、飲めば深酒、転倒で、いい年のジジイになっても、この泥酔癖は直らないなあと反省しきり。

2017.07.16

万年筆カバリエ

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武士が新しい刀を手に入れると、人が切りたくなるように、新しい万年筆を手にすると、やたら書きたくなる。

万年筆が欲しくなって、あちこちの文具店を覗き、ようやくお気に入りの一本が、きれいな海を思わせるソフトブルーのカヴァリエ(騎士・PILOT)で、さっそく入手。

鶴見川沿いの総合病院へ2か月に一回の検診に出かけると、診察の1時間と薬局に1時間で、半日はかかる。異常なしの結果を聞くと、やったあ~と気持ちも軽く、病院から近い川崎駅周辺を愛車(ロードバイク)でぶらつくのがいつものこと。

面白そうな映画をやっていれば見るのだが、今回は万年筆探し。まずヨドバシカメラへ。ここは外国製を中心にした高級万年筆だけを扱う。駅ビルの文具店は品ぞろえが少ない。ラゾーナの丸善、さすが老舗、実用的なものから蒔絵柄の高級品まで、ピンからキリまでの品ぞろえ。

ここでソフトブルーのカヴァリエを買う。清潔感が漂うスリムなボディー。決して厚化粧ではない、軽快なソフトブルー。持つ手に柔らかく和んでくれる優しさ。なんだか好みの女性の条件を並べたよう。

秋に福祉団体の講演会を開催の予定。その世話役を務めているため、会場の鶴見公会堂で打合せ。早速、万年筆カバリエを取りだし、メモる。
加計学園の問題では、文科省内にPCデーターが共有されていたという。しかし残念なのは、万年筆がPCのデーターとして保存できないこと。でもいいかあ、コピーしてブルーブラックの筆跡が、みなさんに伝われば。

2017.07.13

ご無沙汰のG君

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朝は早くから目覚め、4時ごろ新聞が来れば寝床で、そっと広げる。孫の散歩では‘じいじい、遅いよ’と言われながら、汗をかきながらのろのろと追っかける。朝食のおかずは?あの人の名前は?何だっけ状態。

こんな老いぼれジジイが、昔の会社員時代のことは、立ち込めていた黒い雲がぱっと切れて、お日様がさしてきたように、鮮明に思い出す。

『ご無沙汰しています。昔、会社でお世話になったGです。』と突然、自宅に電話がある。
大卒の新入社員としてG君が配属されて、部下として3年ほど一緒に仕事をした時のことは、こちらも30代になったばかりの、まだ元気な若者だったので、鮮明に覚えている。
おおーどうしたのと問うと、『この6月に会社定年を迎えました。再雇用で勤めは続けていますが、8月の初めの夏休みに上京するので一度お会いしたのですが?』と。

京都にある精密機器メーカーの東京支店が、東京の下町の墨田区の錦糸町にあって、当時そこの管理部門で、採用、給与計算、安全衛生などを担当して、部下は女性ばかり5名程いた。
女性に仕事をして貰うのにようやっと慣れてはきたが、男性の部下は初めて。
G君は大阪出身で、灘高から京都の私大卒で、てきぱきと仕事をこなす頼もしい若者。

ところが3年目あたりから、突然仕事への意欲が、がくっと低下し、遅刻や休みを繰り返すようになり、精神不安定で通院治療となったが、なかなか回復しない。これは大阪の実家から通える大阪支店へ転属した方が、回復につながるだろうと判断。
若い部下をメンタル面でフォローできず、育成もできなかった管理能力の無さと他人の心を支える力のなさを痛感した。数年後に、回復して元気で仕事に取り組んでいるとの話を聞いて、ホッとしていた。

上京はもちろん大歓迎。会うのは横浜の野毛あたりでと提案があったが、野毛におなじみの飲み屋があるわけでなく、横浜にぎわい座ぐらいしかしらない。知っている店のある横浜中華街に行こうと
なり、関内駅で会うことになる。

お互いの当時のことや、それからのこと、そしてこれからのことを、えびチリなどを肴に老酒でも飲みながら、話してみよう。

2017.07.10

錦織へ‘カツ’

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ウインブルドンで錦織が3回戦で敗れた。今まで対戦して4勝のロベルト・バウティスタ(スペイン)は、お得意様で、これには勝って4回戦へ進出と思っていたが、またも期待外れ。

日曜日の朝、関口宏の報道番組でスポーツを担当するのは野球界のレジェンド張本勲。
スポーツの場面を‘あっぱれ’(讃える)と‘カツ’(叱る)のどちらかで決めつけして、分かりやすい。
負けた3回戦では、錦織が、途中、いらだってラケットを投げ捨ててしまう映像も紹介された。これを受けて「喝だ!」と叫んだ張本氏。
「~負けたからじゃないですよ。日本の民族は優秀で礼儀の国だと、世界では定評があるのよ。あんな態度を何回見ました?~」と。

特に日本民族は優秀だと世界から評判だとは、決して思わないが。信長の時代の16世紀にキリスト教の普及に来た宣教師は、日本人は礼儀正しく、清潔だなどと言っているが、それは、当時の東アジアと比べて少しだけ文化が進んでいただけの話し。日本の民族は優秀で礼儀の国などと言われると自尊心をくすぐられ、日本民族は優れているなどと錯覚しがち。

おっと、そんな話しではなく、錦織のこと。
朝からの炎天下の潮田テニスコートは、オムニ(砂)の照り返しで、多分もう30℃は超えていて、プレイの休憩時間中の雑談は、錦織圭の敗因探し。
A氏は、「勝ち上がっても、かならず途中で負けるのは体力不足、体幹トレーニングをしなけりゃ―」
A夫人は、「錦織の彼女がよくないのよ~」
B氏は、「マイケルチャンコーチの指導がよくない、長年の師弟関係のマンネリで、代えるべき~」
C氏は、「勝利への執念が感じられない。年間に何億の収入もあり、もうハングリーさがなくなった~」
錦織の若い時の師匠松岡修造は、全仏でマレーに負けた試合で、「~敗因は錦織のメンタル面にある。このままだとグランドスラム制覇はありえない」と厳しい言葉を述べていた。

1回戦の102位のマルコ・チェッキナート(24=イタリア)には、楽勝。2回戦の世界112位(31歳ウクライナ)セルゲイ・スタコフスキーには、かろうじて勝つ。両方とも録画して保存。さーて3回戦も行けるぞと録画をしたが、見る気も起らず、もう消去。
ラケットを投げ捨てたのに‘カツ’ではなく、気力を見せないプレイに‘カツ’だ。
いろいろ見解はあるけれど、再び「もう誰にも負ける気がしない」と言ったときの気持ちをよみがえらせてほしい。

 

 

 

 

2017.07.07

使い切り万年筆

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友人宛のハガキに住所、宛名を書き終わると、突然停電したかのように、万年筆からインクが出てこなくなる。

この使い捨て万年筆(
PILOT)は、本屋さんの文具類の閉店半額セールで、ボールペン数本とまとめて買ったもの。この本屋さんはJR新子安駅に隣接する複合ビルの2階にあって、本を時々のぞきに行って、そのあと隣のドトール・コーヒーで一休みするのを楽しみにしていた。

文書を書くのは、いまは
PCが普通で、手紙、ハガキなどは、PCで書くが、せめて宛先などや、福祉団体の会議メモなども、万年筆で書きたい。文字を書く時、万年筆を持つ指先の柔らかな感じや文字のブルーブラックの温かみが、気持ちをほっとさせる。

昔、父が高校入学の祝いに
PILOTの万年筆をブルーブラックのインク瓶と一緒にくれた時には、ちょっぴり大人に近づいた気がして、早く授業でノートに書きたいと思ったもの。
家人とヨーロッパ旅行の最終日に、現地通貨のフランが余ったので使い切ろうと
WATERMANNのインクはブラックのカートリッジ式の万年筆を買って帰って、外側の塗装がはがれほど指になじんで、長年愛用してきたのだが、1年ほど前にどこかに失くしてしまった。

万年筆はもういいやと思っていたところ、100円の使い捨てでも、使い出すと、インクのブルーブラックが紙の上を染めると優しい。
使い切り万年筆のインクがパタッとでなくなると同時に、再び火がついたように万年筆が欲しくなる。これからは、そんなに筆記の機会が多くあるわけじゃなし、ボールペンでも間に合うじゃないかという気持ちもあるが、いちど点火してしまった火は消せない。ひとから見れば、「それがどうした」という話しもしれないが。

横浜トレッサの有隣堂へ行くが、お取り扱いしていませんと。ロフトの文具売り場にも置いてない。絶滅危惧種なのか、万年筆は。
ネット検索すると、パーカー、モンブラン、ウオーターマンなどの外国製、パイロット、セイラーなどの国産、昔懐かしい名前がずらり、おっと、しっかり生きていますぞ。
ネットで買うより、現物をみてから買いたい。

この写真の使い切りで、お役御免になった万年筆が乗っている本は「
MONKEY」で、年3回発行の翻訳家の柴田元幸が責任編集している。
村上春樹が毎号書いているのと、英米の短編小説が読めるので、毎号買っている。
表紙をめくると、柴田元幸の巻頭言?「サルのあいさつ」が万年筆で書かれていて、ブルーブラックの清潔さが気に入っている。

 

 

2017.07.04

ザリガニ釣り

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ハスの花は、池の一面に、ぱーっと今頃咲くのだが、近所の横浜の馬場花木園へ行くと、今年は、生育が良くないく、ほとんど咲いていない。池には腐った葉っぱが浮いている。

早朝に咲くのを観られるように、7月上旬の6時の早朝開園の鑑賞会は取りやめにすると案内文が入口に貼ってある。なぜか原因は分からないらしいが、きっと池の底に、どす黒い妖怪が徘徊して、生育を邪魔しているんでは。こんな妖怪は根こそぎ退治しなくちゃあ。

今の政治の世界にもどす黒い妖怪がうごめいているよう。一国の首相が、ゴルフを一緒にやるお友達の学校を、特別の計らいで優遇する。首相の意向を忖度して、「首相が言えないから、代わりに言う」と文部官僚に圧力をかける厚顔な首相側近。
学校から200万を貰っていながら、11分割して20万以下だから法に触れないからと、言い逃れの元文科大臣。
自衛隊を選挙の応援に使うバカな防衛大臣。

みんな、事実じゃないと言い訳して、決して責任をとろうとしない。都議選で、あれだけ厳しい住民の鉄槌を受けて大敗しても、反省はするが、これからも頑張ると居直る。
政界の暗い池の底には、忖度妖怪、言い逃れ妖怪、無知妖怪、居直り妖怪がうようようごめいている。

横浜の中区ある三渓園のハス池でも2001年ごろから生育が悪くなり2004年には、ほとんど咲かなくなったと。職員が原因をいろいろ調べた結果、ザリガニが水中で葉や茎を切っていたと。ザリガニ釣り大会を開いたら3年後に順調に育つようになったと。
横浜の馬場花木園もザリガニ釣り大会を開くしかないのかなあ。
政界も妖怪釣りで、駆除しなけりゃあ。でもいろいろな種類がいっぱいいるから、釣り大会じゃあ間に合わない。一回池の底の汚れたヘドロを根こそぎかき出さなきゃあ、妖怪退治にならないだろうなあ。

 

2017.07.01

明後日はどうなるか

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東京大田区の馬込中学3年10組の同級生T君から、近況を知らせるこのハガキが到着。

『~馬込中学の同期会は64名の参加で、盛況。我が10組は4名で、出席予定の〇〇は5月に死去、幹事の△△も亡くなった。××は老々介護で欠席。~当たり前のことだが訃報を受けるのはツライ。やはり見渡せば女性は元気だ。
~6月の初旬、伊豆長岡あやめ祭りで、蛍を見た。人の魂が川の暗いせせらぎに舞うようで、妙に寂しかった~予定していたことが終わり、また次の予定を迎えることを繰り返しています。とりあえず、また次の予定に向かうことにしています~』

T君とは年2回~3回、T君の住む大森界隈で一杯やる仲間で、今は街の自治会長や、もう中学を卒業して半世紀以上経つのにもかかわらず、毎年のように同期会の企画を熱心に続けている。しつこいガンとの長い闘病に打ち勝って、元気回復し活動している。

こんな返信をした。『~子供が多い時代で、中学3年では一クラス40名ほどで、全3年生は400人ほどいたはず。よく64名も集まりました。貴君の熱意のタマモノ。
同期会のお誘いをお断りしましたが、中学時代の小生は、人づきあいが苦手で友達も少なく、孤独に過ごしましたので、同期会でお話しをすることもなく、また当時の思い出にふけるのも、いまさらの感があり、いつもながらの欠席です。
あやめの咲き誇る長岡で蛍を見たとは、命の洗濯をされましたね。
歩いて10分ほどの近所にある横浜鶴見花木園へ先日行き、蓮の花を見ました。今年はなぜだか生育が悪く、いつもの半分も咲いていないようで、その中で、可憐な一輪の花が、おずおずと顔をのぞかせているのに心が洗われました。
予定と言えば、福祉団体のボランティア活動で、10分ほどのお話し、秋のフォーラムの準備、川崎にジャズを聴きに、横浜にぎわい座に落語を聞く、など目先のことを、しこしことこなしている日々。で、明日は死なないだろうが、明後日はどうなるか分からない状態で過ごしております。
夕食後に、
TVの前で、おやつの大福を頬張りながら、家人と、もう一年の半分が過ぎてしまったなあ、なんて早いんだろうなあ~と話したりしています。
また次の予定に、大森界隈で皆と一杯の予定を忘れずに入れておいて貰えないでしょうか。』

2017.06.28

FILAのテニスウエアー

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「格好いいテニスウエアーを着ているわねえ~」とテニス仲間のK夫人から言われる。「そう、息子が父の日のプレゼントでFILAのテニスの半袖シャツ、パンツとキャップの一式をくれたんだあ~」と。

息子は単身赴任先の名古屋から一時帰宅して、もう父母の日はとうに過ぎているのだが、忘れることなく律儀に、父にはテニスウエアー、母には外国製高級化粧品をくれる。
そして、一時帰宅時には、必ず買ってくる、父母の好きな和菓子「赤福」も忘れずに。

テニス仲間のウエアーはいろいろ。
A氏は、ピンクのパンツに褐色のウエアーで、派手と地味とがアンバランス。B氏は、黒いパンツと白いウエアーで、スーパーの安売り風。C夫人は、黒いタイツの上に鼠色の短いスカート、上も灰色の長袖シャツで、いかにも婆さん風。

どちらかというと、ミーハーで、フェデラーやう錦織のウエアーに憧れ、流行りのウエアーを身に着けたいのだが、お高いので我慢。息子は学生時代からテニスをやっていて、テニススクールのコーチまでやったテニスオタクで、ウエアーの目利きもある。

父の誕生祝や父の日やらの区切りには、いつも最新モデルを贈ってくれる。

新しいウエアーやラケットを身に着けると、顔はしわしわで、あちこちにシミがあって、頭に白いものが混じるジジイでも、一瞬、錦織気分。エアーケイよろしく、跳びあがって相手コートへ球を打ち返すつもりが、反射神経の衰え、はなはだしく、タイミングがずれて空振りするザマではあるが。

家人が貰った外国製高級化粧品は、同じものを何度となく息子がプレゼントするのだが、使い切れない?と押し入れに山ずみ。化粧品3本セットを使う順番や使い方にルールがあるらしく、家人は今回は意を決して、街の化粧品店へノウハウを聞きにいく予約をとる。シワが伸び、シミが消える変身をとげてくるのだろうか。

 

 

2017.06.24

文字を作る仕事

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将棋の藤井四段は、まだ中学3年生で、デビュー以来、歴代1位タイの28連勝を果たした。

インタビューで、「~本当に幸運にも28連勝という結果を残すことができた。まだまだ実力が足りないと思っている。~」、「師匠には技術的なものだけでなく、将棋や対局に臨むことについて、たくさんのことを教えていただいた」と感謝。

文字(書体)を作る仕事について37年になる鳥海 修氏(62歳)は著書のエッセイ『文字を作る仕事』で、「~文字(書体)作るに関して、ちっともわかっちゃいません。さまざまな人たちに多くのことをお教わりましたが、そのほとんどは具体的なデザインの方法ではなく、書体(フォント)のデザインに取り組むうえでの姿勢や考え方でした。~」と。

その道に精進する人は、謙虚で、他人から学ぶものは、テクニックじゃなくて、姿勢、考え方だと言うのが二人には共通している。

本、雑誌、
PCTVで文字を見ない日はない。その文字は読みやすさを求めてデザイナーの手で作られる。かっては、文字を作るには鉛に掘って、そして写真で、今はPCで行っているが、全て人の感性と技術による。
エッセイ『文字を作る仕事』は、フォント制作会社の「字游工房」代表の鳥海氏が、故郷山形庄内平野の小さなな村で少年時代を過ごし、上京して美大を出て、写真で文字を作る会社に就職し、様々な人とと交流から多くのこと学んでいく様子を描く。
特に写真で文字を作る会社でカリスマデザイナーの鈴木 勉氏との出会いが、鳥海氏に大きな影響を与えたと。その後、鈴木氏と共に退社して、「字游工房」を設立し、書体として理想の「水のような、空気のような」を目指していると。

文字と言えば、明朝体やゴチック体ぐらいしか知らないが、フォントデザイナーの地道な仕事で、多くの書体が作られていることをしり驚く。70歳になるまでは、明朝体は書けない、でも70歳になったから自然に書けるわけではなく、不断の努力が必要。70歳が目標ではなく、70歳が書体作りスタートだと。

日経新聞の文化欄連載で、昨日から「明朝体の美 十選」(私たちの生活に深く根付いた明朝体。その美しさを再発見させてくれる逸品を紹介したい)が始まった。全10回が楽しみ。

今後、藤井少年は、これからどのように成長して、はたして名人にれるのか、鳥海氏は70歳を越えて、どんな文字を作り出すのか、見てみたい。

 

 

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